「自分が自分のために自分の人生を生きていないのであればいったい誰が自分の為に生きてくれるのであろうか」
ユダヤの教え より

 

迷った時に自分に対して問う言葉です.

初めてこの言葉を知った時
頬をはられた様な気持ちになりました.

そして、何て冷たく言い放つのだろうとも感じました.

 

しかし、年々考えが変わってきて思うんです.

迷っている時にピシャリと提言してくれる人が
本当に考えていてくれる存在なのだと.

愛のムチというものなのでしょう.

辛く、厳しく、頬をはるような事は
きっと誰だって言いたくはありません.
そして、本当は誰にも言われたくはありません.

 

だからこそ、迷った時に問いかけます.

「わたしは自分の人生を歩んでる?」

「わたしは誰かの望んだ人生を代わりに歩んでない?」

「わたしは今、何を見てる?」

 

答えた「回答」より
答える瞬間にでてきたのが本当の「望み」だったりするのです.