春陽気の週末、家族で大きな公園に遊びに行ってきました。
長い滑り台を何度も滑って
走り回って、アスレチック遊具に登って
帰りの車でぐっすり眠る子どもたちを見て
夫と二人で「楽しかったようで何よりだね」と話す。
子どもたちが大きくなっても彼らは覚えてるだろうか?
ふとそんなことが過る。
例えこの子達が覚えていなくても私が覚えていればそれでいいし
もし、どちらかが覚えててくれたら一緒に懐かしめばいい
きっと愛情も一緒で
注いだ方はその時注げるだけ注いでるし
(多分自分が思っている以上に注いでいると思う)
注がれた方は記憶に残ってなくても愛情が注がれた事には変わらない。
むしろ「あぁ~今愛情注がれてるな」と実感することの方が少ないし
愛情って伝わるまで時間が掛かることが多々あるから
いつの日か私たちが注いだ愛情の痕跡をこの子達が見つけて
誰かに繋いでいってくれたら素敵だな。
私たちの両親も同じことを思ったのかも…と想像して
嬉しいような誇らしいような切ないような
果てしない時間と祈りを感じた帰り道。
子育てって案外悪くないですよ、って話。
投稿者プロフィール
最新の投稿
- 2024年11月21日日 常*麦茶
- 2024年11月12日カウンセラーに聞きました*何をしている時に一番幸せを感じますか?(#238)
- 2024年11月1日日 常*おでんと秋
- 2024年7月31日写 真*夕立